となり町戦争

こんにちは、事務の茂山です。

 

地震や原発、まだまだ収束しませんね。
テレビで瓦礫の山を見るたび、途方もない気持ちになります。
聞くと県内で普段出る産業廃棄物の23年分の瓦礫量だそうですね。

当社も会社の一部に工事で出た産廃を置くスペースがあり、
数日に一回4tトラックで持っていってもらいます。
当社だけでもあんな分量の産廃があるのに、県内全部の23年分って…。
まるで実感が持てません。想像もできません。

 

首都圏では意識的にも無意識的にも日常を取り戻しつつありますね。
節電で街が薄暗かったり、電車の本数が少なかったりしますが
それもだんだん慣れてきました。
今までが贅沢すぎた、無駄が多かった、なんて前向きな声もしばしば。

 

そのせいか余計に原発がまだ事態を打開出来ていないことが
よくわからなくなってきています。。。
情報としては理解できても、良いか悪いか感情が伴いません。
地震直後はあんなにも身近な被災に思えたのに…。

 

 

ふと、思い出す本があります。

 

51E4XMQX3CL__SL500_AA300_.jpg  『となり町戦争』三崎亜紀

 

 

内容はだいぶうろ覚えなのですが…

  

ある日突然、主人公のもとにとなり町の戦争の知らせが届き
役所からは敵地偵察の任務が下ります。
この始まりやタイトルからは激動の物語になるのか?と思いましたが、
物語は最後までなんの盛り上がりも見せません。

主人公は一応、戦争の関係者で、人ごととこそ捉えてはいませんが、

となり町の惨禍はあくまで「となり町」の距離にあります。

淡々とした日常に、ほんの少しだけすわりの悪いことがあるだけで、

となり町での死者の人数など、たしか戦況が進んでいる情報は届くけれど

「戦争」という惨事の実感は得られないまま。
主人公はのんきに(?)恋愛もするし、最後までなにも見ません。

 

正直、20歳やそこらで読んだ時は全然しっくりこなかった。
やたらシュールと言われた作品で、そんなものかと思っていました。

 

でも今の心境はまさにこんな感じだ、と

全然シュールな物語ではなかったのではないか、と
最近しきりにこの本の表紙を思い出すのです。

 

「見えないものを見るのは無理」「見えないものはないのと同じ」

作中、そんなニュアンスの台詞があった記憶があります。

今思い出さなくてはいけない警告のような含みの台詞だった気がします。

地震だって放射能だって「怖い、怖い」「なんとかしなくては」と言いながら

結局「となり町」のできごとにしてしまっていないだろうか…。

 

うろ覚えなのが悔しいので読み返してみたい作品です。